例会

2月327回例会のご案内

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『[評釈]宮沢賢治短歌百選』執筆者が語る
 当会が毎隔月13年に亘って開催してきた短歌読書会の成果として、『[評釈]宮沢賢治短歌百選』を上梓するに至りました。今回の例会は、形式を少し変えて、以下の様に、百選執筆者から選んだ四名の方に「解説、語り足らない部分の補説の提示、主張など」をお願いし、ご発表いただきます。
 ※会場における対面方式の発表です。
※ リモート配信もあります。会場はいつもの渋谷区氷川区民会館です。
※ なるべく各自で『[評釈]宮沢賢治短歌百選』をご持参下さい。

一人目 百選p448 歌稿A680 あゝこはこれいづちの河のけしきぞや人と死びととむれながれたり 渡辺 福實(わたなべ・ふくみ)氏
 本発表(例会における口頭発表)の主な目標は、「語り足らない部分の補説の提示」である。実は、昨年末の第2刷で最小限の補足を加えているので、今回の発表はその補足の補足ということになる。したがって本発表では第2刷のテキストをもとに説明することになる。第2刷の修正はあくまでも補足であってテーマそのものを変えたわけではない。連作「青びとのながれ」は悪夢のような凄惨な光景が繰り広げられ迫ってくる異様な作品なのであるが、賢治はそのようなユニークなイメージやモティーフをどこから得たのであろうかということがテーマである。そのようないわゆる発生源の探索のために5例ほどの仮説や証言を紹介したのであるが、初刷ではそれらの例から導かれるべき結論を欠いているか曖昧であったために第2刷で最小限のコメントを補足して明らかにしたわけである。要点は以下の3点である。
1. 始めに東西の古典的文学作品や絵画にイメージ源を探る仮設を3例挙げたが、そのあとに挙げた教え子と弟清六の2つの証言のほうが、賢治の口を通して直接語られたことを伝えているという点で前者より信頼できる発生源を示しているという結論を追加した。
2. 以上の発生源捜索の結論は冒頭の語り手の問い「いづちの河のけしきぞや」の答え(「私の世界」を流れる「黒い河」の「けしき」)ともなっているということを明かにした。
3.そして本項全体の結びとして賢治文学において「青びとのながれ」が果たした役割について6行弱の要約を追加した。 以上3点が昨年末の第2刷における主要な補足である。
 ・口頭発表の場を借りてこれらの補足についてさらに詳細な説明をしたい。
 ・参加された方々のご教示を頂ければと期待しております。
※会場における対面方式の発表です。
 
二人目 百選p483 歌稿B759 サイプレス/忿りは燃えて/天雲のうづ巻をさへ灼かんとすなり。 尾崎 道明(おざき・みちあき)氏
 おそらく1920年から1921年にかけて、賢治の無断上京と東京での自活生活の前後に、ゴッホの糸杉の絵に触発されて詠まれた歌である。この歌について、賢治の心象とそれを表現する詩の言葉が短歌から詩へと様々に変容しながら繰り返し現れること、また、この歌に感じられる不安と希望の背景に、賢治の自らの将来に対する苦悩に加え、ロシア革命からシベリア出兵へと至る時代の動きと、白樺派の活動にも現れている、当時の日本における「ルネサンス」的状況の存在があることを、ゴッホの作品の図版を含む資料に基づき発表したい。
※会場における対面方式の発表です。
 
三人目 百選p238 歌稿B319 いまはいざ/僧堂に入らん/あかつきの、般若心経、/夜の普門品 p356 歌稿B504 おきなぐさ/ふさふさのびて/青ぞらにうちかぶさりて/ひらめき出でぬ。 小田部耕二(おたべ・こうじ)氏
 私は賢治が大好きな自称ケンジストの一人であり、賢治のような凡人とは違う感性を持つことにあこがれて、少しでも賢治に近づきたいと思っている。そして、賢治が座禅していたことが私の人生に大きな影響を与えた。賢治と座禅に関しての資料は少ないが、その関係について考えてみたい。また、時間があれば賢治が魅了されていたおきなぐさに関しても、その魅力を探ってみたい。
※リモート方式の発表です。
 
四人目 百選p408 歌稿B585 雲ひくき/青山つゞきさびしさは/百合のにほひに/とんぼ返りす。 須長 裕子(すなが・ゆうこ)氏
 盛岡高等農林学校三年生、大正六年七月に詠まれたもの。歩きながら多作していく賢治の制作スタイルから、実体験を基にした一首に込められた内容とはどのようなものなのか。この短歌の「百合のにほひ」は何かを意味しているのかを考えてみたい。賢治作品には「百合」をモチーフにした童話「ガドルフの百合」「四又の百合」や短歌を数首、文語詩にも登場する。「百合」は概ね崇高なものとして書かれているようだが、これらの作品の中の「百合」を取り巻く環境など、「百合」の存在に注目し、それらの情景などを想像をしながら、みてゆきたい。
※会場における対面方式の発表です。
 

■リモート例会のお申し込みについて/コロナ下における例会開催についての説明

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12月326回例会のご案内

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※ 発表者お二人とも、会場での対面方式の発表になります。リモート配信もあります。会場はいつもの渋谷区氷川区民会館です

前半 演題と発表者 演題 「宮沢賢治と岩手大正新教育の思想圏 ―佐藤瑞彦・藤原嘉藤治・菊池武雄を中心に」 深田愛乃(ふかだ・あいの)氏
 本発表の目的は、宮沢賢治と大正新教育の思想的共鳴を、賢治が交流した岩手の教育者である佐藤瑞彦・藤原嘉藤治・菊池武雄の三人に着目して素描することである。これまでにも賢治が大正新教育の動向に関心を示したことや、農学校での教育実践に新教育的な発想が見られることは時折指摘されてきた。しかし、特に賢治が岩手の新教育の旗頭として着目した佐藤瑞彦は、賢治研究および教育学研究でも主題的には取り上げられてこなかった人物である。賢治が新教育のどのような点に関心を持ったのかを明らかにするためには、瑞彦をはじめとした岩手の教育者たちの動向を探る必要があると考える。
 そこで本発表では、賢治の実践やテクストを重点に置きながら、賢治と瑞彦、嘉藤治、武雄の具体的な活動を対照させる。瑞彦は童話や国語・図画教育、またよく知られるように嘉藤治は音楽教育、武雄は図画教育が、新教育を介した賢治との共有点のひとつをなしたと考えられる。最終的に、賢治を取り巻く新教育の思想圏では独特な芸術による人間形成への関心が共有されていたこと、しかし賢治の場合には「農」の思想を基底においた点で独自性を見せたことを仮説的に描き出したい。
(慶應義塾大学非常勤講師)
※会場における対面方式の発表です。

 
後半 演題と発表者 演題 東北アマチュア詩人による宮沢賢治評価 牧 千夏(まき・ちなつ)氏
 本発表は、 宮沢賢治の初期受容を、東北のアマチュア詩人という観点から考察する。初期受容に関する先行研究では、宮沢が新進のモダニズム詩人としての評価されたことと、全集宣伝のための過剰に評価されたことが強調されてきた。以上の先行研究にくわえ、東北のアマチュア詩人としての評価があったことを指摘したい。
 宮沢賢治の詩「産業組合青年会」は、福島県の同人詩誌『北方詩人』に掲載された。この『北方詩人』では、「産業組合青年会」掲載時から数編の宮沢賢治評が掲載された。『北方詩人』同人による評価をみると、彼らが宮沢賢治の、有名な詩人でなかった点、東北に在住していた点、アマチュア詩人であった点に注目していたことが分かる。こうした特徴は宮沢の要素でもあるが、それ以上に『北方詩人』同人が強調した彼ら自身の特徴であった。このことを踏まえ、『北方詩人』の消息欄から分かる同人の学歴、職業、詩との向き合い方などを明らかにしつつ、それがどのように宮沢賢治評価と重なるかを明らかにする。そうすることで、東北アマチュア詩人のあいだで、宮沢賢治がひとつの理想的な東北アマチュア詩人として捉えられていたことを指摘したい。
(長野工業高等専門学校 リベラルアーツ教育院 准教授)
※会場における対面方式の発表です。
 

■リモート例会のお申し込みについて/コロナ下における例会開催についての説明

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8月325回例会のご案内

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※ 午後時間の開催です。
※ リモートと、会場での対面方式の発表になります。今回の会場はいつもと異なり渋谷区勤労福祉会館です

前半 演題と発表者 「宮沢賢治「心象スケッチ」成立までの文学史的意味―盛岡高等農林同窓生と岩手県の文学活動を踏まえて」 秋枝美保(あきえだ・みほ)氏
 現在発表者は、研究代表者として、科学研究費「作家の文学形成と「地方同学コミュニティ」の研究―井伏・高田と宮沢賢治の場合―」(2020年度~2024年度)と題する研究を遂行中であるが、本発表では、宮沢賢治の短歌を主たる資料として、短歌創作から「心象スケッチ」に至る短歌表現の変化について調査し、そこに表現方法についての賢治の模索の跡を指摘したい。それは、文学史においては、浪漫主義から、自然主義、さらに新たなリアリズムに移行する表現の変革期―北川透の表現では「言語革命」―に当たっている。
 本発表の主眼は、そういった全体的な状況と地方の文学の動向の関係の一端を、発表者のこれまでの調査を踏まえながら、新たに判明した盛岡高等農林の同窓生の文学活動を加えて、より具体的に明らかにすることである。盛岡高等農林時代の創作については、同人誌『アザリア』とその同人の研究が進んでいるが、本発表は、大正期の盛岡高等農林内の文学活動と岩手県内の文学活動との関係の一端を明らかにするものである。発表者がこれまで報告してきた同時代の岩手県内の短歌の動向を踏まえて、賢治の文学と文学史との関係を明らかにすることを目指す。
(福山大学 教授)※リモート方式による発表です。

 
後半 演題と発表者 〈心象スケッチ〉をめぐる雑考など 栗原 敦(くりはら・あつし)氏
〈心象スケッチ〉については、岩波茂雄あてや森惣一あて書簡、『春と修羅』序など、宮沢賢治自身による発言があり、なんとなく手がかりが与えられたように感じられますが、依然として漠たる所も残されています。『心象スケッチ 春と修羅』にも、著者自身が意図して配した手がかりが残されているとも感じられるのですが、今ひとつ、共通認識には至っていない感もあります。この機会に、副題付き作品、目次の日付(( ))作品とそれ以外の作品の違い、著者―話者―対象、叙述の人称(わたし・わたくし、と、おれ、おら、など)、といった、いくつかの観点に触れながら、今更と思われるかも知れませんが、「永訣の朝」が〈心象スケッチ〉一般ではないらしい理由についてなど、考えるところをお話ししたいと存じます。
(宮沢賢治学会イーハトーブセンター参与)※会場における対面方式の発表です。
 

■リモート例会のお申し込みについて/コロナ下における例会開催についての説明

ご案内「ホームページの障害発生に伴う対応など」(重要)
 2022年1月に、本ホームページに障害が発生した件について説明をしています。(補足説明・修正状況)
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6月324回例会のご案内

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※ 午後時間の開催です。
※ 会場での発表と、リモートでの発表になります。なお6月は総会(30分程度を予定)があります。
氷川区民会館を確保しています。

前半 演題と発表者 「グスコーブドリの伝記」における技師の労働観-ブドリの描写に着目して 加畑翔貴(かばた・しょうき)氏
 童話「グスコーブドリの伝記」は、1932年3月に佐藤一英の編集による「児童文学」第2冊(文教書院)に掲載された作品で、宮沢賢治の生涯最後の発表作品として知られている。この作品における冷害の描写は、当時の岩手県における冷害の状況を反映したものだという見解が一般的である。加えて、この童話が掲載される前年に、賢治は東北砕石工場で石灰肥料の設計・販売を行う技師として再起を図っていた。主人公のブドリが科学的な知見を活用して人々の生活を向上させようと奮闘する姿は、賢治自身の理想の生き方を描いていると多くの先行研究で指摘されている。しかし、本作品に賢治の自伝的要素を見出す論点には首肯できるものの、ブドリと賢治に共通する「技師」という職業に焦点を当てた研究は少ない。本発表では、賢治の他作品や農学・農会関係者の言説などをコンテクストとして踏まえながら、技師・ブドリの描写の意図を分析することで、賢治が農業技師としての自身の労働に対してどのような問題意識や理想像を抱いていたのか考察を行う。(本発表は、2022年12月に筑波大学大学院に提出した修士論文の一部を元にしている。)
(筑波大学大学院博士後期課程1年)※会場における対面方式での発表です。

 
後半 演題と発表者 「天沢退二郎さん追悼と『評釈 宮沢賢治短歌百選』から」 平澤信一(ひらさわ・しんいち)氏
 本年1月25日、詩人で宮沢賢治研究者の天沢退二郎氏が亡くなられた。1960年代の『凶区』に連載された『宮沢賢治の彼方へ』を起点として、『校本宮沢賢治全集』『新校本宮沢賢治全集』編纂へと進んで行った天沢氏の軌跡を、個人的な思い出を交えながら『現代詩手帖』4月号の追悼特集を読むことで振り返りたい。詩集からも宮沢賢治に関わる作品「アリス・アマテラス」を読みたい。
 また、歌稿B54「凍りたるはがねのそらの傷口にとられじとなくよるのからすらなり」を、前後の歌とともに、谷川雁、大西久美子、板谷栄城などの論を参照しつつ、『銀河鉄道の夜』や『烏の北斗七星』と関連付けながら読み解く。「空」を見て、特異な「心象」を体験していた賢治が、その向うに「異空間」を見出し、萩原朔太郎『月に吠える』との出会いを経て、『春と修羅』表題作冒頭の「心象のはいいろはがね」に至る過程を辿ってみたい。
 (明星大学教育学部教授)※リモート方式による発表です。

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ご案内「ホームページの障害発生に伴う対応など」(重要)
 2022年1月に、本ホームページに障害が発生した件について説明をしています。(補足説明・修正状況)
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4月323回例会のご案内

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※ 午後時間の開催です。
※ 今回は、発表者お二人がリモート形式によるため、会場は用意しないこととしました(3月19日変更)。氷川区民会館はキャンセルしました。

前半 演題と発表者 宮沢賢治の使う「標準語」―気づかない方言について― 小島聡子(こじま・さとこ)氏
 明治時代後半から昭和初期は、日本の言語政策として「標準語」が企図され浸透させられてきた時代である。宮沢賢治はその時代に生きた人であり、「標準語」と対峙させる形で方言を意識していたことは書簡などからも窺われ、作品に意図的に方言を用いたものがあることもよく知られている。ただそれでも多くの作品は基本的には「標準語」で書かれている。しかし、その「標準語」で書かれたはずの作品の中に、現代の私たちが読むと違和感のある表現は少なくない。そのような表現は、時に宮沢賢治の独特な表現と評価されたり、あるいは単に少し古い言葉遣いと看過されたりすることもあるようだが、本発表では、そこに少なからず方言の影響がみられることを紹介する。また、そのような「気づかない方言」に、ほとんどが「標準語話者」と自認する現代の学生たちは気づくのかどうか、岩手大学の授業での反応も紹介し、現在の日本の言語状況、方言のありようについても触れる。
(岩手大学人文社会科学部教授)※リモートによる発表です。

 
後半 演題と発表者 「賢治の心理学と地質学」 大嶋 仁(おおしま・ひとし)氏
 宮沢賢治における心理学は心象の科学的記述に基づくものであり、彼はその記述をもとに心理学を構築するつもりであった。彼は心の動きを物理法則に基づくものと捉えていた一方、心理学をもって科学の究極と考えていたようだ。
 賢治が心理学に開眼したのはジェイムズに触れたからだと推測できるが、フロイトにも関心を持っていた形跡がある。しかし、その関心は法華経的世界観ともつながっており、彼にとって心理学を完成することは、法華経を心の科学によって基礎づけることを意味したようだ。
 一方、賢治にとっての地質学は、岩石や地層をもとに地球と生物を考える土台となっている。彼は近代的な人間中心主義によってではなく、もっと巨きな視点にもとづいて人類や地球の歴史を考えたのである。アインシュタインの相対性理論がこの視点を補強するのに役立っていることは興味深い。
 賢治は近代科学に強い関心を持っていたが、それが世界を幸福にするとは思っていなかった。世界全体が幸福になるには科学が宗教と一致する必要があると見たのであり、であればこそ、法華経を科学によって基礎づけたかったのである。
 (福岡大学名誉教授)※リモートによる発表です。

■web例会のお申し込みについて/コロナ下における例会開催についての説明

ご案内「ホームページの障害発生に伴う対応など」(重要)
 2022年1月に、本ホームページに障害が発生した件について説明をしています。(補足説明・修正状況)
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