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※第二土曜日です。(第一土曜日が三ヶ日のため) |
※ 午後時間の開催です。 [note color=”ffdead”]短歌番号531 「まひるのかしはばら三首」からになります。担当は小田部さんです。 [/note]
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※ 午後時間の開催です。
[box title=”発表者と演題” color=”#a9a9a9″](前半) 椚山 義次(くぬぎやまよしつぐ)氏
『春と修羅』から『銀河鉄道の夜』へ ―「十字架」「さいわい」「さそりの火」をめぐって―
心象スケッチ『春と修羅』(第一集)については、その初期編集プロセスについて私感を述べて見たいと思います。佐藤隆房著『宮沢賢治』(昭和17年冨山房刊)の年譜(宮沢清六作制)には、「大正十一年、一月より十一月までに「詩」(心象スケッチ)「春と修羅」第壱集五十三篇を作る。(十一月廿七日妹トシ死亡) 大正十二年、六月より十二月までに「詩」(春と修羅第一集)二十四篇を作る。八月上旬青森、北海道、樺太を旅行し、「青森挽歌」「津軽挽歌」「オホーツク挽歌」を創作。 大正十三年、一月心象スケッチ『春と修羅』第一集自費出版。」とある。些細なことかも知れませんが私が特にこだわりたいのは、『春と修羅』第壱集五十三篇を作る。の傍線の漢字の「壱」と「五十三」の部分、この数字は聖書を示す暗号のように思えるのです。その他の箇所にも不思議な数字の配列があり、その辺のことが解明できればと思います。
『銀河鉄道の夜』では、十字架、さいわい、さそりの火、について、その「十字架」や「さいわい」という言葉に象徴されるように、新約聖書との関わりを述べて見たいと思います。「さそりの火」については『新校本宮沢賢治全集』年譜をその手懸りに披瀝できればさいわいです。
(日本ヘブライ文学研究所代表、宮沢賢治三春の会主宰、日本比較文学会東北支部会員)
(後半) 富山 英俊(とみやまひでとし)氏
「青森挽歌」再考――ヘッケルと倶舎をめぐって
「青森挽歌」中の「((ヘッケル博士!/わたくしがそのありがたい証明の/任にあたつてもよろしうございます))」や、「むかしからの多数の実験から/倶舎がさつきのやうに云ふのだ」は、多くの解釈や研究を誘ってきた。だが、妹の死後の世界が鳥への転生・天上への変容・地獄への急転と自ずからのように展開するこの長篇詩では、挽歌群中でも多声性と対話性が際立つから、ヘッケルで倶舎でも前後の文脈を忘れて(前者では不連続な声の交錯、後者では放心した思いの漂流)、その思想内容のみを検討することは、詩の読み方として問題含みであろう。
だが、それらの思想内容はそれ自体でも、賢治との関わりでもやはり興味深い。今発表では、ヘッケルは、科学者を逸脱し思弁的になったとも評されるが、その根本の発想は、心・身を自然という唯一の実体の二つの様相と捉えるスピノザ的な一元論であったことを指摘したい。倶舎論については、それは「小乗」の世界観によるから当然だが、作品での転生の現われ方とは一致しないことを確認したい。その描かれ方は賢治に独自であろうが(既成の「がいねん化」に拘束されない「心象スケッチ」の所以である)、他方で、六道等の諸世界が互いを含みあう「十界互具」の天台思想や、それを「仏の国」の出現の原理とした日蓮思想に由来するのでは、という繋がりを示唆したい。 。
(明治学院大学教授)[/box]
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※第一土曜日です。 |
※ 午後時間の開催です。 [note color=”ffdead”]短歌番号511 「うちたゝむたそがれ雲のすきまよりのぞきいでたる天の一きれ」からになります。担当は渡辺福實さんです。 [/note]
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※ 午後時間の開催です。
[box title=”発表者と演題” color=”#a9a9a9″](前半) 小野 浩(おのひろし)氏
草野心平と宮沢賢治
「賢治発見、賢治紹介の先駆け」であった草野心平。イーハトーブセンターでは2001年6月~12月に企画展「賢治研究の先駆者たち(1)草野心平展」が開催されました。その前々年(1999)7月にいわき市立草野心平記念文学館にて開催した宮沢賢治展(賢治と心平)を担当しました。展示構成は「賢治がいた場所」「賢治にふれる」「賢治と心平の交流」「賢治と心平が響き合う」。展示監修は入沢康夫氏にご指導頂きました。
本発表では「賢治と心平の交流」を中心に、その後の資料を追加し「賢治作品の初期の読者、共感者、研究者、評論家、発信者」としての心平について紹介します。
賢治の『春と修羅』が、心平の旧制中学校の後輩により心平留学先の中国嶺南大学に届くのが大正13年(1924)8月、ここから始まる二人の交流。同人誌「銅鑼」への同人勧誘、賢治没後の「宮沢賢治追悼」、『宮沢賢治全集(文圃堂)』の編集刊行。同人誌「歴程」では賢治を物故同人に、以後賢治全集の編集、研究の中心人物まで。
(いわき市暮らしの伝承郷館長)
(後半) 大沢 正善(おおさわまさよし)氏
「宮沢賢治とアレニウス」
宮沢賢治の宇宙観を知るためにはアレニウスからの影響を考えないわけにはいかない。アレニウスはスウェーデンの物理学者、天文学者であり、大正期に『宇宙発展論』『宇宙創成史』『最近の宇宙観』が訳出されていた。賢治は「一九 晴天恣意」に「白くまばゆい光と熱、/電、磁、その他の勢力は/アレニウスをば俟たずして/たれか火輪をうたがはん」と記したにとどまるが、影響は「銀河鉄道の夜」などにすでに何点か指摘されている。三著をたんねんにたどって影響のありようを考察したい。
まず、「銀河鉄道の夜」中の「牛乳」や「穴」や「エネルギー」との符合、「ポランの広場」中の「Xといふ字の形」の天の川と二星流説の類縁、地球の火山活動や大気現象への関心という共通点などを指摘したい。その上で、当時のデータと理論を動員しながら宇宙と地球を統合的に理解してゆくアレニウスの積極的なヴィジョンと、「銀河鉄道の夜」第三次稿に登場する「ブルカニロ博士」のヴィジョンの類縁を提示したい。科学的素養のない者の蛮勇ゆえ、ご批正願いたい。
(岐阜聖徳学園大学教授)[/box]
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※第一土曜日です。 |
※ 夜時間の開催です。 [note color=”ffdead”]短歌番号491 「汽車に入りてやすらふぬかのまのあたり白く泡だつまひるのながれ」からになります。担当は宮沢俊司さんです。 [/note]